環境によっては、わずか数ミリ秒の遅延が重要な応答を妨げたり、ユーザーエクスペリエンスを著しく損なう場合があります。これはエッジコンピューティング、IoT、5G、AI アプリケーションにおいて特に顕著です。StarlingXクラウドソリューションは、こうした固有の課題に対して、長年にわたり大規模なデプロイメントにおいて取り組んでおり、その機能はエッジだけでなく、コアやエンタープライズでも実証されています。
StarlingXは主に分散型クラウドインフラストラクチャの展開と管理を目的とした、包括的なソフトウェアスタックを提供するオープンソースのクラウドコンピューティングプラットフォームです。OpenInfra Foundation(旧 OpenStack Foundation)の傘下で開発されたStarlingXは、エッジコンピューティングのユースケースに対応するために、複数のオープンソース技術を組み合わせ、堅牢でスケーラブルかつ高可用性のソリューションを実現しています。
エッジコンピューティングはデータを収集するセンサーや、エンドユーザーがシステムを操作する場所など、オペレーションが発生する現場に近いネットワークのエッジにコンピューティングリソースを配置することで、通信のレイテンシを低減します。この仕組みは、リアルタイムでの動作及び高可用性が求められる、ミッションクリティカルなアプリケーションに最適です。また、通信レイテンシの影響を受けやすいクラウド上にある遠隔システムとの通信にも同様に適しています。エッジコンピューティングは、送配電スマートグリッドの管理、産業機械の監視、動画やゲームの配信、高頻度取引の実行など、時間的制約が厳しいタスクの処理時間を最適化します。また、エッジコンピューティングは数千のノードからなる高度に分散化されたシステムの構築を伴うため、これらのシステム管理が課題となります。
多くのアプリケーションはエッジコンピューティングの恩恵を受ける為に、これらの要件を必要としています。例えば、5G通信では、通話者やインターネットユーザーの満足度を維持するために、エッジでの高速処理能力が求められます。また、サービスにおいて99.999%の可用性(ファイブナインの稼働率)も必要とされます。
StarlingXとは?
StarlingXは、高度に分散されたシステムに求められる低レイテンシ、高可用性、そして管理の容易さを実現するために開発されたクラウドプラットフォームです。例えばVerizonは、分散型クラウドインフラストラクチャの構築において、StarlingXを活用して数千の5Gセルサイトを展開しました。
このような特性により、StarlingXはエンタープライズクラウドコンピューティングにおいても最適な選択肢となります。
StarlingX は、インテルとウインドリバーが、当時のOpenStack Foundationのもとで立ち上げた、完全なオープンソースプロジェクトです。StarlingX 1.0は2018年にApache 2ライセンスの下でリリースされ、2025年2月にはStarlingX 10が公開されました。StarlingXに貢献している主な企業には、Wind River Systems、Intel、China Unicom、T-Systems、Verizon、Vodafone などが含まれます。現在、このプラットフォームは、数万台規模のコンピューティングノードを運用するお客様の商用環境で導入されています。
StarlingXは、複数のオープンソースコンポーネントを統合することで、超低レイテンシ、小リソースフットプリント、分散コンピューティングに対応した、完全な分散クラウドスタックを構成しています。主なコンポーネントは以下のとおりです。
- Linux OS:ミッションクリティカルな環境向けに強化されたOS
- コンテナランタイム:containerdを使用
- Kubernetes:コンテナ化されたワークロードを実行するためのコアオーケストレーション層
- OpenStack(オプション):コンテナと併用が必要な場合に、仮想マシン(VM)ワークロードを実行するために使用
- Ceph:コンテナおよびVMワークロード向けに、高性能な分散ストレージを提供
- 高速ネットワークツール:Data Plane Development Kit (DPDK)、Single Root I/O Virtualizatio(SR-IOV)、および DPDK対応のOpen vSwitch(OVS-DPDK)を含む
StarlingXは、分散コンピューティングに最適化され完全に統合されたクラウドスタックを提供することで、競合製品との差別化を図っています。これは、Linux OSからオーケストレーションまで、必要なすべてのオープンソーステクノロジを1つのシームレスに統合されたソリューションに組み込んだ、すぐに導入可能な分散クラウドプラットフォームです。この統合により、ユーザーは個別のコンポーネントを組み立てる手間を省くことができます。
StarlingXを用いる事で管理者は1台のサーバーから最大5,000台までの構成にデプロイできるクラウドを利用できます。エッジ、コア、エンタープライズなど、さまざまな導入ニーズに対応できます。
StarlingXは非常に優れたスケーラビリティを備えています。たとえば、1つのセントラルクラウド(システムコントローラー)から、分散インフラ全体を管理することが可能です。そこから、サブクラウドと呼ばれる最大1,000のエッジサイトを管理できます。各サブクラウドは単一または複数ノードによる StarlingX Kubernetes のデプロイメントであり、完全なクラウド構成として展開できます。複数の分散クラウドを組み合わせて、数万ノード規模のシステムを構築することも、必要に応じて単一ノードにスケールダウンすることも可能です。
StarlingXアーキテクチャ (出典:Starlingx.io)
サブクラウドは、「AIO-SX(All-in-one Simplex)」と呼ばれる単一ノード構成から、冗長オールインワン構成、制御と専用ワーカーノードを分離した構成、専用制御、ストレージ、およびワーカー構成まで、さまざまな柔軟な構成でデプロイ可能です。需要の増加に応じて、ある構成から別の構成へと、システムを停止することなく拡張することができます。
システムを保護するために、最大250のクラウドを並列でバックアップおよび復元する機能を利用することができ、単一のクラウドコントローラーから最大100のエッジクラウドを復元することが可能です。
さらにStarlingX には、エッジコンピューティングの一般的な要件に対応するために明確に設計・開発されたサービスが用意されています。これらのサービスは、物理的なサイトアクセスの制限、迅速な障害復旧の必要性、運用の効率化といった、エッジコンピューティング特有の課題に対応しています。
- 構成管理:新規ノードの自動検出と構成を可能にし、複数のリモートサイト管理において不可欠な機能
- 障害管理:インフラストラクチャと仮想リソースのカスタムアラームとログの設定、クリア、およびクエリを実行
- ホスト管理:ホストマシンの障害検出と自動復旧を含むライフサイクル管理を提供
- サービス管理:冗長性モデルとアクティブ/パッシブ監視により、高可用性を実現
- ソフトウェア管理:インフラストラクチャ スタックのすべてのレイヤーにわたる容易なロールアップグレードと更新
分散型モデル
多くの企業が分散型インフラストラクチャを採用しています。全国規模の電力網、5Gネットワーク、複数の病院施設、あるいは数百のセルからなる産業用ロボット工場などに、仮想化されたインフラが分散して配置されている状況を想像してみてください。誰もが信頼性、効率性、一貫性、そして集中制御を求めています。
StarlingXのマルチリージョン・マルチサイトオーケストレーションモデルは、こうしたニーズの実現を支援します。このプラットフォームでは、管理者が集中管理が可能でありながら、各リージョン内で自律的に動作できる独立したサブクラウド群をプロビジョニングし管理することを提供します。これにより、障害の隔離、運用の自律性、そして高い耐障害性が実現され、ワークロードは、サイト間の接続が切断された場合でもオンラインを維持できます。各サブクラウドは、中央からのグローバルなソフトウェア管理、監視、ライフサイクルオーケストレーションに参加しつつ、その規模とリソースの可用性に応じて最適化された独自のコントロールプレーンを維持します。
この分散モデルは、統一されたデプロイメントおよびメンテナンス戦略が必要な、複数のサイト間の低レイテンシ処理、規制データのローカリティ、または運用上の独立性が必要とされるユースケースに最適です。企業は、集中型と分散型のワークロード配置を併用することで、高度に統合されたクラウドプラットフォームの利点を損なうことなく、アプリケーションを最も適切な場所で実行することができます。オペレーターは、集中管理のオーケストレーションツールを活用することで、ソフトウェアの更新を展開し、アラームを監視し、ポリシーベースの設定を分散システム全体または特定のサイトに適用できます。
StarlingXは、一般的な分散型インフラストラクチャの管理に伴う複雑さを簡素化し、集中管理とローカルな自律性を両立させます。そのアーキテクチャは、拠点間の一貫性を確保し、大規模なDevOpsワークフローを簡素化し、インフラチームが、高度に分散化された常時稼働のオペレーションの要件に対応できるよう支援します。
速度の優位性
StarlingXの主な利点の1つは、複数のテクノロジーを組み合わせて実現した超低レイテンシです。StarlingXは、リアルタイムLinuxカーネルのサポートにより、カーネルのスケジューリングを改善し、アプリケーションのレイテンシを低減します。また、厳しいレイテンシ制約のあるアプリケーションに最適化された、ワーカーノード用の低レイテンシパフォーマンスプロファイルも採用しています。さらに、Open vSwitch with Data Plane Development Kit(OVS DPDK)をサポートし、ネットワークパケットの配信レイテンシを短縮します。
StarlingXでは、重要な低レイテンシアプリケーション用にCPUコアを分離できるため、アプリケーションを効率的に実行できます。管理可能な最大5,000個のAll-in-One Simplex (AOI-SX)サブクラウドをサポートしており、分散型の低レイテンシクラウドデプロイメントを実現します。さらに、強化されたPrecision Time Protocol(PTP)クロッキング機能を搭載しており、5G、金融取引システム、電力・ユーティリティ網、産業自動化とロボット工学、航空宇宙・防衛など、タイミングが極めて重要なアプリケーションにおいてサブマイクロ秒レベルの高精度な時刻同期を実現します。
もちろん、速度と低レイテンシも重要ですが、高可用性はさらに重要な要素です。StarlingXのアーキテクチャは、いくつかの高可用性機能と設計原則に基づいて構成されています。その中でも特に注目すべきなのが、すべてのネットワークインターフェースのホストハートビート、プラットフォームリソースの使用状況(CPU、メモリ、ディスクなど)、重要なプロセス、およびベースボード管理コントローラ(BMC)ハードウェアセンサーなど、クラウド内のすべてのノードの健全性を常に監視する堅牢な障害管理システムです。
何か問題が発生した場合、StarlingXの障害管理システムは、状態の変化をStarlingXの上位レイヤーに報告し、影響分析と復旧処理を行います。システムは、問題が検出されると自動的にアクティブなインスタンスを健全なノードへ移行します。移行は、必要に応じてローカル内での移行だけでなく、他の物理的な場所への移行も可能です。
StarlingXは、基本的に自身で正常に動作し続けることができます。プログラムは、障害が発生したホストに対する自動復旧手順を実装しています。また、コントローラーノード間でアクティブ/アクティブまたはアクティブ/スタンバイの高可用性サービスもサポートしています。
管理者は情報から疎外されません。StarlingXは、アラームを深刻度に応じて分類し、システムオペレーターがアクティブアラームリストとグローバルアラームバナー経由で監視可能にします。これらの機能は、コマンドラインインターフェース、グラフィカルユーザーインターフェース、およびREST API経由でアクセス可能です。
StarlingXは、サービスが必要な時に必ず利用できるよう、複数の高可用性冗長化モデルを採用しています。これには、N+M冗長化モデル、複数ノードにまたがるN冗長化モデル、および1+1 HAコントローラークラスターモデルが含まれます。このサブクラウドレベルの上位では、StarlingXは、システムコントローラに 1+1 アクティブ-アクティブ冗長モデル を使用して、分散クラウドに地理的冗長性をデプロイメントします。このモデルは、最大1,000個のサブクラウドをサポートします。
実装された包括的なセキュリティ
StarlingXは、包括的なセキュリティ機能セットを採用しています。これには、StarlingXホストにおけるUEFI Secure Bootを含むインフラストラクチャセキュリティ、署名付きISO、パッチ、および更新が含まれます。さらに、すべてのインターフェースにおける認証と認可、オペレーターコマンドおよび認証イベントの監査記録(Linux Auditdを使用)、およびOpenScapモジュールが含まれます。StarlingXのセキュリティには、プログラムを限定されたリソースに制限するためのAppArmorサポートも含まれます。さらに、Kubernetesベースのネットワークとポリシーセキュリティのデプロイメントと管理のためのファイアウォール機能とIstioサービスメッシュも含まれています。
StarlingXは、コンテナとアプリケーション向けにcert-managerによる自動化されたTLS証明書管理、HashiCorp Vaultを使用したセキュアなシークレット管理、およびKubernetes向けのロールベースアクセス制御(RBAC)を提供します。仮想マシン(VM)はKata Containersでロックダウンできます。StarlingXは、Kubernetesのシークレットデータを静止時にも暗号化します。
エッジの境界を越えて
StarlingX技術は、単なるエッジコンピューティングの用途に限定されません。企業向けインフラストラクチャとして、包括的なソリューションに適しています。
StarlingX は、大規模分散エッジネットワークの開発、デプロイメント、運用、およびサービス提供のための、完全にクラウドネイティブのKubernetesおよびコンテナベースのアーキテクチャを提供します。これは、コアからエッジまでの分散クラウドネットワーク向けのクラウドネイティブインフラストラクチャにおけるデプロイメントおよび管理に伴う複雑な課題を解決します。例えば、ウインドリバーは最近、Boost MobileのVMwareからWind River Cloud Platform(StarlingXのディストリビューション)への移行を支援し、このコンセプトを実証しました。このケースでは、StarlingXはエンタープライズ、コアテレコミュニケーションインフラストラクチャ、さらには数百万のアメリカ人に5G音声とデータを提供するOpen Radio Access Network(O-RAN)を含む、すべてのクラウドサイトにおけるベンダー変更に使用されました。
StarlingX は、エンドツーエンドの自動化とゼロタッチプロビジョニングにより、複雑なクラウドトポロジー全体での新しいサービスのデプロイメントもオーケストレーションします。さらに、クラウドプラットフォームの分析テクノロジーは、AI/ML によって生成された洞察をインテリジェントで自動化された意思決定に活用し、分散型クラウドネットワークの効率的な管理を支援します。
ウインドリバーのCTOであるポール・ミラーは次のように述べています。「StarlingXを単なるエッジソリューションとして分類しないでください。Boost Mobileのネットワークにおけるクラウドインフラストラクチャのすべての要素、コアからエッジまで、2万を超えるサイトすべてがStarlingXを基盤としています」
StarlingXの現在と未来
すでに多くの企業がStarlingXを使用しています。このプラットフォームは、前述の通信分野における5Gの活用に加え、スマートマニュファクチャリングや自動化システム、自動運転車、低レイテンシの拡張現実(AR)および仮想現実(VR)アプリケーション、高帯域幅のビデオ配信など、さまざまな分野で利用されています。今後のさらなる展開にもご期待ください。
StarlingX は、通信事業者や企業、各種団体の間で既に注目を集めています。代表的なユーザーとしては、エッジコンピューティングのユースケースにStarlingXを導入している T-Systems、エッジおよび5Gアプリケーションに StarlingX を使用しているVodafone、StarlingXをスマートホーム技術の一部として採用しているXunisonなどが挙げられます。
StarlingXは、このプラットフォームの柔軟性により、単一のサーバー構成から大規模な分散クラスタまで、幅広いハードウェア構成にデプロイメントすることができます。この汎用性により、小規模なエッジデプロイメントと大規模な通信ネットワークの両方に魅力的です。
StarlingXはエッジコンピューティングに強みを持つだけでなく、単なるエッジクラウドにとどまらない存在であることも忘れないでください。直近のバージョン(特に最近リリースされたStarlingX 10)での機能強化や、Kubernetesをはじめとする他のオープンソースクラウドプラットフォームとの統合により、クラウドネイティブコンピューティングのあらゆる用途に対応可能なプラットフォームへと進化しています。
エッジコンピューティングの重要性がますます高まっています。StarlingXは、この進化する分野において重要な役割を担う存在です。ウインドリバーは、毎日数百人の開発者がソースコードに貢献し、このオープンソースプロジェクトの成功に積極的に取り組んでいます。StarlingXの商用サポート付きディストリビューション(更新、サービス、サポートを含む)をご希望のお客様は、Wind River Cloud PlatformおよびWind River OpenStackをぜひご検討ください。