歴史的なアルテミスミッションを支えるウインドリバーの役割
JUL 23 2026 ・ 航空宇宙・防衛
NASAのアルテミスIIミッションは、持続可能な月探査の実現に向けた重要な一歩となりました。2026年4月、4人の宇宙飛行士はオリオン宇宙船で約10日間を過ごし、月への接近飛行を経て、太平洋へ無事着水しました。
アルテミスIIは、長年にわたる準備の成果を実際のミッションで証明し、今後の有人月面着陸への道を開くとともに、月、そして将来的な火星探査に向けた長期的な有人探査の基盤を築きました。主な科学的成果は、NASAの深宇宙探査システムの有人飛行試験を成功させたことでした。オリオン宇宙船の生命維持、航法、推進、通信の各システムは、いずれも設計どおりの性能を発揮しました。また、アルテミスIIはSpace Launch System(SLS)ロケットとともに、将来のミッションに必要な技術や運用手順を検証し、その有効性を確認しました。
航空宇宙業界の多くの人々と同様に、ウインドリバーも今回の宇宙ミッションの成功に大きな喜びと誇りを感じています。なかでも、アルテミスIIミッションを支えるうえで、ウインドリバーの製品とサービスが貢献できたことを特に誇らしく思います。
ウインドリバーの貢献
宇宙探査は、まさに究極のミッションクリティカル分野です。あらゆるシステムが高い信頼性を備え、期待どおりに動作し、かつリスクを許容範囲内に抑えなければなりません。このため、ウインドリバーのVxWorks®は航空宇宙分野のさまざまなプログラムで採用されています。例えば、VxWorks®の決定論的な動作特性は、システム設計に組み込まれた冗長化機能と組み合わせることで、制御システム間のフェイルオーバーを許容された時間内で確実に実行します。
ここでは、アルテミスIIミッションにおいて、VxWorks®をはじめとするウインドリバーの技術が重要な役割を果たした事例をご紹介します。
オリオン飛行ソフトウェアのシミュレーション
オリオンの飛行ソフトウェア開発の初期段階では、NASAのケダリオン研究所は仮想テストを大幅に活用しました。宇宙機エンジニアは、対象ハードウェアの高精度なデジタルツインを作成することで、実機部品の製造を待つことなく、変更を加えていないコードを仮想環境でテストできるようになります。これにより、開発期間の短縮とコスト削減が可能になります。また、エンジニアはデスクトップ環境から直接、アルゴリズムの検証や結果の分析を行うことができます。
オリオン向けに、ウインドリバーはIntel® Simics®を活用した仮想テストのためのシステム全体のシミュレーション環境を提供しました。Intel Simicsのデジタルツインが、実際のハードウェアを極めて忠実に再現していたため、飛行ソフトウェアは最終的に、仮想プラットフォームからハイブリッド型ハードウェアエミュレータや実機のエンジニアリング開発ユニットへと円滑に移行することができました。
SLS制御システム
SLS制御システムは、打ち上げから上昇飛行に至るまで、ロケットの誘導・操舵・姿勢安定化を担うハードウェアおよびソフトウェアで構成されています。
これらのコンピュータは、ロケットの位置、速度、姿勢を継続的に計算します。システムはこれらのデータを基に、ロケットを計画どおりの軌道に維持するための制御を行い、SLSのエンジンやアクチュエータに指令を送ります。これにより、機体の操舵やエンジンノズル、制御面の動作が行われます。また、これらのコンポーネントにより、SLSは上昇中に発生する風やエンジン出力のばらつき、その他の外乱の影響を補正できます。さらに、機体の状態監視や異常管理を行い、制御応答を自動的に調整したり、保護措置を実行したりします。
VxWorksは、軌道計算や制御システムの監視、機器状態の確認を行うアプリケーションの基盤となるリアルタイムオペレーティングシステム(RTOS)です。SLSのコアステージでは、DO-178C/ARINC 653に準拠したパーティション型RTOSであるVxWorks 653が動作しています。これらの規格は、民間航空分野でも広く採用されています。
オリオン乗員輸送機の航空電子機器
アルテミスをはじめとする宇宙ミッションでは、ハードウェアに注目が集まりがちですが、そのハードウェアは膨大なソフトウェアによって制御されています。その中核を担う技術の一つが、NASAのCore Flight System(cFS)です。これはオープンソースの飛行ソフトウェアフレームワークであり、これまでに40を超えるNASAミッションで活用されてきました。cFSは、動的な実行環境、階層型アーキテクチャ、コンポーネントベースの設計により、ソフトウェアの再利用や迅速な開発、高い移植性を実現しています。
オリオン乗員輸送機の航空電子機器は、宇宙船の制御、監視、管理を担う統合電子システムおよびソフトウェアシステムで構成されています。オリオンの航空電子機器システムは7つの主要なサブシステムから成り、それらが一体となって宇宙船の「脳」と「神経系」の役割を果たしています。
cFSで利用されているVxWorksにより、NASAとその開発パートナーは、飛行経路制御ソフトウェアをはじめとするさまざまなアプリケーション開発が可能になりました。
オリオンバックアップ飛行ソフトウェア
オリオンバックアップ飛行ソフトウェア(BFS)は、オリオンの飛行制御ソフトウェアを簡素化した独立系システムであり、主飛行ソフトウェアに障害が発生した場合にその機能を引き継ぐよう設計されています。その目的は、宇宙船の基本的な制御を維持し、ミッションの安全な継続または地球への帰還を可能にすることで、乗組員の安全を確保することです。
オリオンの主飛行ソフトウェア(PFS)は、複雑な誘導、航法、制御、システム管理、および乗組員向けインターフェース機能を処理します。BFSは別のプロセッサ上で並行して動作し、宇宙船の挙動と主システムの健全性を常に監視しています。
通常時、BFSは休止状態にあります。BFSが作動するのは、主ソフトウェアに重大な障害が発生した場合のみであり、BFSが必要不可欠な機能の制御を引き継ぎます。BFSはPFSから完全に独立しており、異なるアーキテクチャと独自の故障モードを備え、共通の脆弱性を持ちません。
BFSは、cFSフレームワーク上で動作するCおよびC++アプリケーションで構成されており、LEON3プロセッサとVxWorksオペレーティングシステムを採用しています。
オリオン上昇時緊急脱出試験(AA-2)
オリオン上昇時緊急脱出試験(AA-2)は、打ち上げの最も危険な段階である上昇初期において、不具合が発生したロケットから乗組員を安全に退避させるオリオンの能力を実証した重要なNASAの飛行試験です。2019年7月に実施されたAA-2では、アルテミスミッションで発生し得る状況に近い高負荷条件下で、オリオンの打ち上げ緊急脱出システムが試験されました。これはアポロ計画以来初となる実規模・高高度の中止試験であり、オリオンの緊急脱出システムが上昇飛行の全領域で機能することを実証しました。この試験により、モーターの性能、誘導・制御ソフトウェア、構造健全性、および分離タイミングが確認されました。
言い換えれば、オリオンAA-2は、打ち上げ中に問題が発生した場合でも、オリオンが迅速に危険区域から離脱し、乗組員を保護できることを証明しました。これは有人アルテミスミッションにおける重要な安全機能の一つです。
ウインドリバーは、VxWorks RTOSとcFSを採用したAA-2飛行試験機のアビオニクス開発を積極的に支援しました。この統合ソフトウェア基盤は、機体のフライトコンピュータの動作を支えました。この試験により、モーターの性能、誘導・制御ソフトウェア、構造健全性、および分離タイミングが確認されました。
European Service Module(ESM)および推進駆動電子機器ソフトウェア
European Space Agency(ESA)がアルテミス計画向けに開発したEuropean Service Module(ESM)は、NASAのオリオン宇宙船における推進、電力供給、生命維持システムの中核を担っています。ESMは、熱制御機能に加え、各種消費物資の供給や構造面での支援も行います。主エンジンと補助スラスタは、月遷移軌道投入、軌道修正、帰還噴射などの主要な機動を実行します。また、ESMは太陽電池アレイによって電力を供給し、ラジエーターによって宇宙船の温度を制御します。さらに、クルーモジュール用の酸素、水、窒素も貯蔵しています。
ESMの推進システムを支える中核技術の一つが、Propulsion Drive Electronics(PDE)ソフトウェアです。PDEソフトウェアは、オリオンの飛行コンピュータから送られる上位レベルの指令を、バルブ制御や点火シーケンス、スラスタ噴射を実行するための精密な電気信号へ変換します。また、タイミングや動作シーケンス、安全インターロックを管理することで、エンジンの確実な作動と安全な停止を実現します。
ESMとPDEソフトウェアは、一体となって高度に統合されたシステムを構成しています。ESMが推進機能や各種資源を提供する一方で、PDEソフトウェアはそれらのシステムが正確かつ自律的に、安全に動作することを支えています。この緊密な連携は、アルテミスミッションにおける深宇宙航行と乗組員の安全確保に不可欠です。
ソフトウェア開発およびユニットテストは、VxWorks上でPDEソフトウェアのモジュールやサブルーチンを専用タスクとして実行できる類似ハードウェアを利用することで、ターゲットシステムから独立して実施できます。NASAの「Critical Software for Human Spaceflight」によると、この手法は短いサイクルで開発・検証を繰り返すことを可能にし、ハードウェア開発やサブシステム試験に影響を与えることなく、開発期間を大幅に短縮できます。
未来のミッションに向けて
こうした貢献は一過性のものではありません。ウインドリバーは、世界の宇宙・航空宇宙エコシステムにおいて長年にわたり貢献を続けており、安全で信頼性が高く、相互運用性を備えたミッションクリティカルシステムの実現を支える標準化団体や科学コンソーシアムを支援しています。
こうした活動を通じて、ウインドリバーは各種標準に準拠し、認証取得に対応した長期運用可能なソフトウェアプラットフォームを提供し、リスクの低減と次世代の宇宙ミッションの実現に貢献しています。
ウインドリバーは、さまざまな標準規格の策定や推進に積極的に参画しています。主な取り組みは以下の通りです。
- The Open Groupが管理するFACE™およびPOSIX®規格は、宇宙向けアビオニクスや地上システムにおいて、移植性と再利用性に優れたソフトウェアの実現を支えています。
- DO‑178CおよびDO‑254で定められた開発・認証プロセスは、打ち上げロケット、宇宙機サブシステム、ミッション制御システムで使用される安全性が極めて重要なソフトウェアおよびハードウェアを支えています。これらのプロセス文書はRTCAおよびEUROCAEによって発行されています。
- Object Management Group®が策定するData Distribution Service(DDS)は、衛星コンステレーションやミッション運用において、信頼性の高いリアルタイムデータ配信を実現します。
- 宇宙分野におけるLinuxの重要性が高まる中、ウインドリバーはYocto ProjectおよびELISA Space Grade Linux Special Interest Groupの活動に積極的に参画しています。
宇宙開発に関心のある多くの方がご存じのとおり、現在、アルテミスIIIミッションに向けた計画と準備が進められています。ウインドリバーもその進展に引き続き深く関わっていく予定であり、自社の技術と専門知識を通じて貢献できることを楽しみにしています。
IntelおよびSimicsは、Intel Corporationまたはその子会社の商標です。
本記事は、ウインドリバーブログの抄訳です。 www.windriver.com/blog/Wind-Rivers-Role-in-the-Historic-Artemis-Missions