Linux、宇宙へ飛び立つ 

May 14 2026 ・ 航空宇宙・防衛

Linux、オープンソースソフトウェア、そして市販の汎用ハードウェア(COTS)は、宇宙技術のあり方を大きく変えています。従来の宇宙搭載システムでは、個別に開発された独自プログラムや専用ハードウェアが主流でしたが、これらに置き換えられつつあります。この変化は、開発サイクルの短縮やイノベーション機会の拡大を示しており、宇宙探査に関心を持つすべての人にとって、長期的に影響を及ぼす重要な転換を意味しています。

Linuxが初めて宇宙に投入されたのは1996年で、その登場からわずか5年後のことです。

同年には、Digital UNIXのアプリケーションがDebian LinuxベースのIBM ThinkPadノートPCに移植され、スペースシャトルのフライトに搭載されました。

宇宙分野におけるLinuxの採用は、常に順調だったわけではありません。

例えば、2000年代にハネウェルの「Dependable Multiprocessor」上でキャリアグレードLinuxを用いる実験は、NASAの予算問題により実現には至りませんでした。このプロジェクトは、従来の耐放射線CPUに依存せず、市販のPowerPCボードとFPGA(Field Programmable Gate Array)のクラスターによって、軌道上でスーパーコンピュータ級の性能を実現できることを実証することを目的としていました。

2013年には、デスクトップLinuxが再び宇宙へ戻ります。NASAは、国際宇宙ステーション(ISS)で使用されていた宇宙飛行士や地上チーム向けのWindows搭載ノートPCを、DebianおよびScientific Linuxへ移行しました。この変更により、Linuxは宇宙プログラムにおいて受け入れられやすくなり、それ以降、宇宙アーキテクチャの一部として定着してきました。現在では、スターリンクの衛星コンステレーションにおいて数千基の衛星に展開されているほか、火星ではNASAの「インジェニュイティ」ヘリコプターがクアルコムのSnapdragonプロセッサ上でBuildroot Linuxを稼働させており、Linuxは現在、宇宙で最も広く使われているオペレーティングシステムとなっています。Linuxは今、再び大きな飛躍を遂げようとしています。

COTSへ向かう宇宙技術の進化

宇宙で使用されているハードウェアの多くは、いわゆるレガシー機器です。

例えば国際宇宙ステーション(ISS)は、6台のコマンド・アンド・コントロール・マルチプレクサ/デマルチプレクサ(MUX/DEMUX)コンピュータによって運用されており、そのプロセッサには1988年製の20MHz Intel 80386SX CPUが使用されています。冥王星に接近飛行した探査機「New Horizons」も、MIPS R3000をベースにした12MHzのMongoose‑V CPUを搭載しています。

宇宙プログラムで旧式のハードウェアが使われる理由の一つは、NASAの規則により、コンピュータ部品、特にCPUには耐放射線性が求められるためです。こうした特注プロセッサは、宇宙飛行用として認証されるまでに何年にもわたる設計と試験を経る必要があります。その結果、認証済みハードウェアは最新世代から大きく遅れたものになります。現在、最も高速な耐放射線CPUは、RISC‑Vアーキテクチャをベースにした800MHzのPIC64‑HPSC RHですが、開発には8年を要しており、いまだサンプル数量でしか提供されていません。そのため、これらのプラットフォーム上で動作するアプリケーションは比較的低速になります。

もっとも、耐放射線機器だけが唯一の選択肢であるという考えに、すべての関係者が賛同しているわけではありません。2017年には、HPEがCOTSサーバーを国際宇宙ステーション(ISS)に搭載し、低軌道(LEO)で1年以上にわたって問題なく稼働させることに成功しました。このプロジェクトの成功は、エンジニアだけでなく、予算を握る意思決定層の注目も集めました。

「オールド・スペース」対「ニュー・スペース」

Linuxへの移行とCOTS(市販品)の採用という2つの流れが、いま合流しつつあります。

Space Grade Linuxの開発に携わるウインドリバーのシニア・プリンシパル・テクノロジスト、ロブ・ウーリーは、航空宇宙業界の考え方が「オールド・スペース」と「ニュー・スペース」の二極化が進んでいると述べています。両者は今後も共存すると見られますが、ニュー・スペースの視点は着実に浸透しつつあります。

オールド・スペースのモデルでは、エンジニアはウォーターフォール型の開発モデルを用いて何年も先を見据えてシステムを設計し、オープンソースを避け、耐放射線ハードウェア上でソフトウェアを実行します。Dronecode Foundationのゼネラルマネージャーであるラモン・ロチェ氏は、多くのミッションが依然として特注の一品ものソフトウェアスタックとして設計されている点が、スケーラビリティを妨げていると指摘しています。

「今は2026年ですが、私たちはいまだに1969年のような段階にいます」と同氏は述べています。

つまり、ミッションが単発で高コストなままだということです。打ち上げに数百万ドルを要していた時代には有効だったこのモデルも、「ニュー・スペースの経済構造には、もはや合わなくなっています」

ニュー・スペースのモデルでは、COTSプロセッサやオープンソースの技術スタックを採用し、ソフトウェアの冗長性によってリスクを管理します。ウーリーは、「ニュー・スペースでは開発にLinuxやGo言語が広く採用されており、コンテナを配信モジュールや隔離メカニズムとして活用するという考え方も検討されています」と述べています。Linux Foundationの「Space Grade Linux」イニシアチブは、各組織が個別に特注カーネルを開発するのではなく、宇宙ミッション間で共有可能な共通のディストリビューションやツール群を整備することを目的としています。

例えば、SpaceXのFalcon 9ロケットは、3基のデュアルコア1.6GHzのx86プロセッサを搭載し、Linux上で動作しています。乗客輸送用宇宙船であるドラゴンも同様です。なぜ3セットのプロセッサなのでしょうか。高価な耐放射線プロセッサの代わりに、Falcon 9ではエラーを回避するため三重冗長アーキテクチャが採用されています。1つのCPUの判断が他の2つと一致しない場合は、多数決によって結果が決定されます。

これにより、低コストなCOTSハードウェアであっても、特注の耐放射線プロセッサに近い耐障害性を実現しています。ニュー・スペースの設計では、従来のRAD750 PowerPCのような耐放射線チップにのみ依存するのではなく、最新のSystem on Chip (SoC)が採用されています。これらは、エラー検出機能、冗長ボード間での多数決、さらに飛行中に障害を検知して修正できる監視ロジックを追加することで、信頼性を補完しています。

共通のソフトウェアスタックは重要です。ロチェ氏は、Space Grade Linuxが宇宙関連企業同士の基盤レイヤーにおける競争を減らし、コアとなるソフトウェアインフラの共有を促進するはずだと述べています。また同氏によると、宇宙へペイロードを輸送するコストは「1キログラムあたり100ドルを切る水準に急速に近づいている」といいます。これにより、打ち上げ回数の増加や用途の拡大、さらには宇宙データセンターの設置といった好循環が生まれています。

「ワンオフ」と「リフトオフ」 

オールド・スペースとニュー・スペースの関係者の間では、興味深い議論が交わされています。

ウーリーは次のように述べています。「ニュー・スペースでは、不変(イミュータブル)なイメージを用い、場合によってはコンテナでアプリケーションをデプロイしたいという考え方が明確です。一方で、オールド・スペースの関係者は依然として従来型の組込みLinuxを中心に据えていますが、これは必ずしも宇宙用途向けに最適化されたものではありません」

オールド・スペースのコミュニティでは、地上の開発者が一般的に行う方法とは異なる形で組込みLinuxが利用されています。ウーリーによれば、その代わりに開発者たちはフットプリントを最小限に抑えたカスタムソフトウェアスタックを構築しています。「彼らはデバイス上のすべてのサービスを管理するために、自分たちのメインアプリケーションでSysVinitSystemdといったLinuxコンポーネントを置き換えることさえあります。」

一方で、ニュー・スペースのコミュニティはさまざまなCOTSアーキテクチャを積極的に採用しようとしています。ウーリーによれば、彼らは専用のハードウェアやソフトウェアに依存するのではなく、既存のオープンソースソフトウェアを活用しようとしているとのことです。では、これはLinuxと宇宙開発にとって何を意味するのでしょうか。ウーリーは、火星以遠を対象とする深宇宙ミッションのような「非常にリスクの高いミッションでは、今後もオールド・スペースの手法が使われ続ける」と考えています。「宇宙ミッションでは、引き続きWind River VxWorks®リアルタイムOSが採用されるでしょう。なぜなら、このOSが極めて予測可能であり、認証が可能で、数十年にわたるミッションで実証されてきたからです」Linuxは非クリティカル用途では強力であり、採用も拡大していますが、その複雑さや変動性、進化の速さから、厳格なリアルタイム特性の保証や飛行認証の取得は容易ではありません。宇宙船が更新なしで数十年にわたり完璧に動作する必要がある場合、最も安全な選択は最も長い実績を持つオペレーティングシステムです。

しかし、ウーリーは次のように付け加えています。「今後は、キューブサット(CubeSat)や宇宙ステーションで使用されるデバイスなどにSpace Grade Linuxが採用され、Windowsに取って代わるようになるでしょう。これにより、より多くの人々が科学研究に参加できるようになり、LEOで新たな実験を試みることが可能になります」

要するに、新たな宇宙時代は、ついにペンギンたち(Linux)に軌道上での恒久的な居場所を与えることになるでしょう。LinuxとCOTS(市販品)は、もはや実験的な存在ではなく、21世紀を通じて、そしておそらくその先も、宇宙ソフトウェアの標準的な実行基盤になっていくと考えられます。

そういえば、LCARSが『スター・トレック』で使われているグラフィカルインターフェースであることはよく知られています。「L」はLinuxの頭文字なのでしょうか? もしかすると、そうかもしれませんね。

本記事は、ウインドリバーブログの抄訳です。 https://www.windriver.com/blog/Linux-Flies-into-Space